アルパインクライミングinパキスタン2024
海外遠征

アルパインクライミングinパキスタン2024

2025/12/17
Rahman Zom,Shiyko Zom
2024年夏、パキスタンはヒンドゥークシュでの登山とファルガム村の記憶。

ラーマンゾム

 ニワトリが必死になってつついているのは僕の嘔吐物だった。捨てられた魚のように干からびた僕は地面に張り付いて低い唸り声をあげていた。3日前(7月1日)我々はBCへ到着したものの、僕が熱中症で高熱を出したため、テツとこのファルガム村まで降りてきたのだ。その翌日、僕を元気づけようと村の人が出してくれた伝統料理カルマンディにテツがあたり、嘔吐と下痢に発熱。僕はすっかり元気になったのだか、何も食べられないテツにこれだけは食べられるだろうと出してもらったマンゴーに今度は僕があたって今に至る。これ以上日程を遅らせる訳にはいかない。僕は優しいファルガム村の人達ではなくマンゴーでもなく自分を恨んだ。

偵察

 7月6日、BCに戻ってきた。体調は万全ではなかったが、翌日から早速順化のためにラーマンゾムの西壁基部を目指した。BC出発2日目にしてようやくラーマンゾムの南側基部に辿り着いた。ここから西壁側へ回り込んでいく。1歩進むごとに壁の見えなかった部分が少しずつロードされてその姿を現す。「繋がってるよ!登れる!」事前の読み通り、写真では岩陰で見えなかったルンゼに山頂まで雪が詰まっていた。双眼鏡からはアイスになっているように見える。

ラーマンゾム西壁
ラーマンゾム西壁

7月16日

 カラッと晴れた。今日は登山日和だ。まだ薄暗いなか西壁基部に近づいていく。目の前には1,000m以上も垂直に立つ大きな黒い塊があり僕らは不思議な力によって吸い寄せられているようだった。昨年、ネパールの未踏峰アニデッシュチュリ(6,960m)にトライした。僕はその登山で感じた敗北感をトラウマのように引きずっていた。あの時同じく対面した黒くて大きな塊に僕は飲まれてしまった。一度立ち止まり、ロープを結ぶ。二足歩行から四足歩行へ、徐々に壁の傾斜は強くなり、いよいよ西壁が始まった。日の当たらないルンゼは標高差420mの快適なアイスになっていた。しかし、明らかに上部からの落下物の流路であり、逃げ場はないため何としても早く抜けたい。スノーシャワーを浴びながらコンテでこのアイスを登り、4ピッチで抜けた。時間にして3時間、大きなものが落ちてくる前にここを抜けられた。

下部のルンゼ
下部のルンゼ

 ここから若干傾斜は落ち、膝ラッセルに体力は消耗する。だんだんと気温は上がってきており、雪崩が心配であったため、壁や露岩に寄るようにルートを取りプロテクションを増やした。斜面を左上するようにルンゼを上がっていくといよいよ日に照らされ、灼熱地獄となった。眩暈がするほどの暑さ。高度のせいか、15㎏程のザックは50㎏を背負っているような錯覚になる。息は切れ、ペースは上がらない。次第に雪が緩み、ところどころで腰まで埋まりながらラッセルをする。もう少しで肩に出られると期待していたが、そんなものは一向に見えない。後ろではテツがうずくまり苦しそうにしている。ただ、1歩でも前に進むたびに山の新しい部分が見え、確かに自分は山頂に近づいているのだと励まされた。しかし、いつのまにか「つらい。しんどい」それしか考えられなくなり、時折雪に顔を埋めてしまう。一瞬顔が冷やされ、まだ歩けると思い直して顔を上げる。そんなことを繰り返していると左の方に雪庇が見えてきた。やった!!そう叫ぶ元気も残っていなかったがその雪庇は秒速10cmで近づいてきた。ついに稜線に出た時、周りを美しい6,000m峰に囲まれていたことに初めて気づいた。テツを迎えて固い握手を交わした。斜面を削りテントを張る。荷物はほとんどそこに置き、山頂へと向かう。テツがトップで登っていく。一歩一歩、踏みしめるように登った。稜線の東には未踏の壁たちが姿を見せる。こんな世界があるのかと驚くような光景だった。ナイフリッジに深く足跡を刻み、いつ現れるのかわからない山頂に向かって歩いた。テツが立ち止まった。そしてゆっくりこちらを振り返って両手をあげた。テツの元に辿り着くともうこれ以上登る場所はなかった。標高6,350m。360度を山に囲まれて抱き合った2人は声を上げて泣いていた。

山頂に立つテツ
山頂に立つテツ

7月17日

 翌朝、指が取れるかと思う寒さのなか、まだ雪が締まっている斜面をクライムダウンし始めた。下部のルンゼは懸垂と、ところどころクライムダウンで距離を稼ぎ灼熱の氷河に降り立った。コロコロと流れる氷河の水を一気飲みして、事前に積んでおいたケルンを頼りにBCへとモレーンを下った。

ラーマンゾムのテント場(6200m)
ラーマンゾムのテント場(6200m)

シヤコゾム

シヤコゾム北壁
シヤコゾム北壁

 BC入りの日、ゴールドハン氷河の対岸にひときわ目立つミックスの壁が現れた。ファルガムの村人に聞くと、Shiyko Zom (シヤコゾム)!と返ってきた。その後にデンジャラスマウンテン、アンクライムドという単語が続いた。標高は5,709mとそれほど高くはないものの、取付から山頂までは1,900mの標高差があり迫力がある。この時僕ら2人はこの山に一目惚れしてしまった。
BCからは目の前にシヤコゾムが望めた。飯を食べていても、朝起きてテントを開けた時も本を読んでいる時も自然と目に入ってくる。そうなるとふと双眼鏡を取り見てしまう。頭はフル稼働で、BCにいるはずなのになんだか疲れてきてしまう。いっそのことテントの向きを変えてしまおうかとも思ったが、恋をしてしまった以上見ずにはいられない。
ラーマンゾムからBCへ戻りパイナップル缶を食べながら再びその北壁と向き合った。未だに見慣れなかった。2人の感想は、「登りたい」「怖い」で一致していた。数日のレストの間、一日中壁を見つめてはああでもないこうでもないと意見を交わした。そうしているうちに下から山頂まで登って安全に降りて来られるビジョンが見えるようになった。「登れる気しかしない」そうテツに言うと「キメてこようぜ」ニヤリと笑った。

7月20日

 夜飯を食べて夕方BCを出発した。谷を下り、シヤコゾムのある対岸まで2人の男が奇声を上げながら半裸で川を漕いでいく。ラーマンゾムで見た上弦の月はいつのまにかまるまると膨らんでいた。

渡渉
渡渉

7月21〜22日

 壁の基部から張り出た氷河はまだ静かに眠っているようだった。こいつが目を覚ます前にさっさと1段目のプラトーへ上がらなければ。弱点をついて登っていくが途中で垂直のアイスクライミングを強いられた。ここから危うい氷塔の上を縫うように進みプラトーへ出る。そして午前中に上部岩壁の基部に当たる2段目のプラトーまで這い出た。早めに行動を終了して昼寝をする。時々氷河が崩壊する地震のような音と落石の爆発音に叩き起こされた。
翌朝、アイスのクーロアールを上部岩壁へと向かいコンテで高度を稼ぐ。途中からコンテにも限界が来てピッチを切りながらカチカチのブルーアイスを登る。

7/22
7/22

 今回の核心と思われる氷瀑までやってきた。「意外と短いね。」そう言って登り始めたが、前言撤回。非常に長く感じる。結局長さはちょうど50mでグレードにしてⅣ+程度の滝であった。スクリューは7本しか使えなかったので、自ずとランナウトすることになったが、チラと下を見ればテツがいて、僕は今日本でやっているのと同じ動きをしている。自然と心は穏やかで落ち着いて抜けることができた。そろそろテント場を見つけたい。重たい体に無理をさせて交互にアイス、ミックスの壁を登っていく。時刻は18時になった。未だテントを張るような場所はおろか腰をかけて寝られるような場所すら見つけられなかった。僕が苦し紛れに岩の影に体を半分埋めて、「ここで寝る?」と聞いたが自分でも流石にないだろうと思った。テツが苦笑いしてくれたおかげで最悪なビバークは免れた。とは言ってもどこにも座れる場所はない。「どうする?」と聞くと、「今日は満月だしな」とテツ。「よし、登り続けよう!」

核心ピッチ
核心ピッチ

 20時、薄明るいなか僕らは頂上稜線に続く西壁上部のリッジに出た。期待していた月はまだ壁の反対側から姿を見せない。ブルーアイスのリッジをコンテで進んでいたがトップのテツに繋がっていたロープがピタリと止まった。もうすぐで頂上稜線に抜けると思っていたが、どうしたのだろうか。30分以上経った時、上の方からテツの奇声が聞こえてきた。熊にでも襲われているような悲鳴である。それから30分がたち、ようやくロープが動き始めた。僕はセカンドで登ってきてあまりの光景に笑ってしまった。身長よりも高い雪の壁に挟まれた、黒部アルペンルートのような「雪の大谷」が完成していたのである。頂上稜線で満月のスポットライトに照らされたテツは救世主かなにかに見えた。テツに心からの感謝を伝え握手を交わす。僕たちは無言で雪面を叩き続け、ようやく稜上にすっぽりと収まる幅1.5m程のテントサイトを作り出した。腰を下ろした時には22時を回っていた。
翌日、未踏峰シヤコゾムの頂上に立った僕達はラーマンゾムよりも600m以上も低い山頂でこの上ない充実感を感じていた。

シヤコゾム山頂
シヤコゾム山頂

さて、1番の難関。下山である。稜線をコルまで降りて懸垂するプランだったが、すぐにそれは幻想だとわかった。とてもクライムダウンできるような稜線ではない。すぐにプランを変更して北西壁をダイレクトに下ることにした。岩はとても脆く落石の巣となっていた。落石の防げる岩陰に身を潜めながらコツコツと慎重に懸垂を続けた。ようやくプラトーまで降り立った後は、降り注ぐ落石から逃げるように氷河を走った。そして下部の懸垂氷河を縫ってモレーンへと抜けると、この日初めて温かさを感じた。
はるか遠くに僕らのテントが見える。ようやく戻ってきた。あたりでは放牧されている牛が呑気に草を食べていた。牛をかき分けテントに辿り着いた。倒れるように転がり込む。 2人はテントから頭だけ出して降るような星に顔を向けていた。僕はふとキャラバンの途中で見た、雲に突き刺さるようなティリチミール(7,708m)を思い出した。近づきがたい威圧的な美しさがあった。ああいう山の壁を登れるようになりたい。しかしまだ、そんな自分の姿を具体的に想像することはできなかった。
ファルガムパスの氷河が溶けて小川となりここまで流れて来ている。その小川の流れと共に運ばれて来た涼やかな風が日に焼かれた僕の頬を冷やした。宇宙に見下ろされて体がふっと浮くような、地面に重たく沈み込む感覚と共に僕は目を閉じた。

BCからのシヤコゾム(中央)と無名の未踏峰(右)
BCからのシヤコゾム(中央)と無名の未踏峰(右)

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